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実録、祐天寺の変~WEBと出逢った古美術商の爺さんの狂変~

今日は、僕とWEBの出逢いについて書こうと思うわけで。

紙媒体の広告代理店で調子に乗ってた日々

当時、それは1999年にさかのぼる。
僕は横浜のとある紙媒体の広告代理店で平和に広告営業をしていた。

毎朝どうでもいい「本日の気合」を発表しあう朝礼という儀式を終えると一目散に横浜駅から大好きな東急東横線に飛び乗り、中目黒駅へ。
だいたい、まずは高架下の遊戯場に吸い込まれ、従量課金制のスケートボーディングゲームなどに講じてカラダをほぐすのが日課だ。その後、11時の開店時間を見計らって、近所にある「美人しかいない雑貨屋」に目の保養をしに行く。スタッフとキャッキャと戯れて心の充電が満タンになったところで戦闘開始。ようやく営業w

①そのまま中目黒から代官山☞渋谷へと歩きながら営業まわり
②または、学芸大学方面へ歩きながら営業まわり
③はたまた、駅を変えて、特定の東横沿線の駅にワープしてその周辺を営業まわり

「毎日200件!」という会社スローガンを念頭に、入社して1年も経つと要領という武器を覚え、だいたい30件くらい営業して日誌には大人の調整を施すという日々を過ごしていた。

社会人1年目で入った不動産会社の開発部門で、サブリースやら等価交換やら土地活用やらの長期スパンの提案をしていた1年前と比べると、紙媒体の広告営業は結果が出やすく、そして対面する店長やスタッフに喜ばれるという「わかりやすいやりがい」を糧に、毎日を結構楽しく飛び回り「これって俺の天職かも!」と思い始めていた矢先だった。

人生を変える事件が起きた。

フリーペーパー

事件は祐天寺で起きた

毎月1回顏を出すだけで黙って月7万円の広告を発注してくれる、いわば自分にとっての優良顧客であった。
祐天寺から少し歩いたところにある某古美術商の爺さん。
その日も「顔だしてサッサと発注もらって今日は機関車が走り回る店で久々にカレーでも食うか」くらいに思っていた。

しかし、とんでもない1日になったのだ。

自分「こんちはー。先月どうでしたぁ?そろそろ記事内容少し変えてみましょっか?」
いつもの調子で広告申込みを前提に切り出した。すると思わぬセリフが返ってきた。

爺さん「あ、すまんがのぉ、紙はもう終わりじゃ」

自分「はい?」

爺さん「紙の時代は、もうおしまい。これからはインターネッツじゃよ」

絵画の山

爺さんの狂変ぶり

倒れそうになったのを今でも覚えている。自分の顧客の中で、一番インターネットとは程遠いと思っていた方のシワシワの口からネットの時代だと宣言されたのだから。

聞けば、当時この界隈をローラー営業で席巻していた某光通信の強引すぎる営業にそそのかされて「無料ホームページ」なるものに手を出してしまい、ホームページを作ったそうな。

「あー、お爺さん、あれは、まともなホームページじゃなくて、画像1枚と文章ちょろっとだけのしょっぼいホームページを作られてあとからお金とられるんだよ!」

というこちらの忠告も軽々とあしらった爺さんは、なんとレジ奥から分厚いノートパソコンを出してきた。そして、たどたどしい指先で何やらデータを開いて見せてきたのだった。

爺さん「これを見てごらん」

そこには、美術品の在庫リストらしきものがビッシリと記載されていた。

「印がついてるのが先週売れたやつじゃ」

啞然とした。

1ヵ月に1枚絵画が売れるか売れないかのこれまでの売上が、なんとホームページに掲載したら、海外から問い合わせが来て、英語がわかる親戚を連れてきてみてもらったら、数十点の絵画が飛ぶように売れていったそうな。。。月に数名しか来店しなかった古美術商が、そのホームページは世界各国から来訪があり、毎日問い合わせが来るようになったというのだ。

「毎日、メールを開くのが楽しくて仕方がないんだよw」

打ちひしがれた天職

「すまんが、おたくに毎月7万円払うのはやめて、20万円くらい光通信に払って、もっとホームページを良くしてもらおうと思ってるとこだよ」

あまりのショックに何も言えなかった。

リーチ数もCV数も費用対効果もどれをとっても完敗だった。

何より、これまで死人のような目をしていた爺さんが、目の前で嬉しそう目を輝かせていた。
それはそれは活き活きとした目つきで、人差し指のみでメールを嬉しそうに打ってる姿に衝撃を受けたのだった。

その後、数カ月すると、古美術商は新たに雇ったスタッフに任せて、爺さんは海外を飛び回る国際的な古美術商となっていった。

ホームページが、WEBサイトが、インターネットが爺さんの人生を変えやがったのだ。

新たに芽生えた想い

祐天寺をあとにして頭が混乱したまま代官山まで歩いた。夕暮れ時、オフィスに戻るために横浜方面行きの東横線に乗るのだが、なぜか気乗りしなかった。
そして、当時はまだ駅構内にあったKIOSKでそれをみかけてしまったのだ。

威勢のいいフォントで「WEB業界特集」と表紙に記載された「アルバイトニュース」を。

自分から大事なクライアントを奪った「WEB業界」ってのに挑戦してやる。それしか頭になかった。
当時はまだそんなに多くもなかったWEB業界の求人記事の中で、一番条件が良かった渋谷のWEB制作会社に代官山のホームから電話した。

「明日、面接希望です」

その後、横浜方面に向かう東横線の中で一人メラメラと闘志を燃やしていたのであった。

~つづく~

東横線
Photo by (c)Tomo.Yun
 
 

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